後藤見聞録

本気のルーベンス

「いったいどんな仕事をしているの?」
と聞かれることの多い私ですが、本人も何と言いあらわすべきか窮することが多いです。

その中でも顕著なのが、展覧会を作る、というお仕事。
3年ほど前にご縁を頂いて「夢の美術館」という巡回展の事務局責任者をしました。
そして今は、新たな展覧会を作るお仕事の佳境だったりします。

展覧会は絵画を中心とした作品を扱うため、必ず学芸員の方々が中心となります。
(展覧会がどうやって作られているのかについてはまた改めて書きたいと思っています)
明日がその会議のため、東京に出張に来ております。

本当は日帰りでよかったのですが、1泊したほうが安かったので前日入り。
(ホテル付のほうが安いって、理由はわかるけど納得いかない…)
急遽の出張だったので誰かと逢う約束もせず、朝も夕方も便が高かったのでなんとなくの昼入り。
いや、正確には約束してなかったんですけど、数日前に友人とたまたま連絡がとれたので羽田で逢う約束が入り→前日に友人の子どもが熱発→振り出しに戻る、
ということで、うすらぼんやりと
「ムンク展とルーベンス展が最終日だなぁ」
と思っていたけど“絶対多いだろうから諦めよう”という気持ちがアポイントのキャンセルでぽっかりあいたわずか1、2時間のお陰で“まぁ上野に行くだけ行くか”に変化。

千葉県まわりで羽田へ。君津の新日鐵上空だと思われます。

これ撮りながら、「ルーベンス」に決定。(理由は次の展覧会の参考になるため、であってこの景色は無関係です、たぶん)

乗ってきたJAL。やっぱり乗るより撮るほうが飛行機は楽しいです。あぁなんて美しいフォルム。

京急で品川まで出て、品川からJRで上野まで北上、これがたまたま成田エアポート快特(京急)に乗れたので、なんと30分くらいで到着しました。
上野では上野の森美術館でフェルメール展、国立西洋美術館でルーベンス展、東京都美術館でムンク展とワンマンショーだらけでして、まぁこんなことなら朝一で来てはしごができたな、と反省。でもまぁ、そんなもんですよね。

これはどなたかのお役に立てたらと思うのですが、このあたりの美術館は、企画展の来場者が物凄いので、入場制限がかかったり、事前に入場時間を指定してチケットを購入する仕組みがあったりします。
ルーベンスは入場制限はありませんでしたが、当日券売り場が長蛇の列で30分待ち。ぴあなどで購入してコンビニで受け取ればすぐに入れますが、「展覧会オリジナルの、絵の入ったチケットがいい!」という方も多いと思います。
そんなときは、上野駅の公園前改札を出る直前にあるチケットショップで購入すると並ばずに入ることができます。

ということで、西美に到着。

今回のルーベンス展は、よくある「…と、その弟子たち」みたいな、行ってみたら「半分くらい本人じゃなかったね」っていう展覧会ではなく、ほぼほぼルーベンスの作品という「本気のルーベンス」展でした。

個人的にはルーベンスの作風は「ギョロ目が大袈裟だなぁ」とか、「ちょっと劇画タッチだなぁ」と思うことが多く、また「レンブラントみたいだなぁ」と曲解していたのですが、不勉強極まりなくて反省。そのレンブラントに影響を与えたのがルーベンスであり、彼はとにかく教養に溢れ芸術だけでなく政治にも力を発揮した、めちゃめちゃ生き様がマッチョな人だったようです。
本展は、ベルギー人であるルーベンスが、約10年ほどイタリアで学んだ際に受けた影響を子細に紐解く構成になっており、「ルーベンスをイタリアの画家として紹介する」という試みで作られていました。日本人にとっては「フランダースの犬」のラストシーンが印象深く、むしろアントワープを観光地化させたのもこのアニメの功績が大きいそうですが、そんなベルギーが産んだ大作家は、イタリアで学んだことをもとにシステマティックな工房制を構築します。(ミケランジェロをはじめとする先人の彫刻をもとにした肉体美の描き方は、”ちょっとだけ大袈裟”という彼独特の手法なのではないかと、展示室に意図的に置かれた彫刻を見ながら思いました)
そんなルーベンスの属するバロックという時代は、宗教改革によって新宗教が台頭してきたため、カトリックの権威を再定義させるべく宗教画が貴族の間で大流行した、という背景があります。肖像画を得意としたルーベンスは、持ち前の画力でキリストを描くことでどんどん有名になっていきます。弟子に描かせ最後にルーベンスが手を入れて納品、という割り切ったスタイルでガンガン攻めていたようです。このあたりも、(「レンブラント工房」と呼ばれた)レンブラントに影響を与えている気がします。(しかしレンブラントはルーベンスとちがって商才に恵まれなかったようで、お金にはあまり縁がなかったようです)
絵が描けて時代の波に乗れて、時代のトップ(王様)をはじめたくさんのパトロンがついて、売れるもんだから弟子を抱えて大量制作のシステムまで作り上げさらに儲かり、晩年は政治にも手を出していたそうで…例えるなら、三島由紀夫と秋元康と小室哲哉と石原慎太郎が一人になったみたいな感じでしょうか。(いいのかこの例えで)

何はともあれ、もう終了してしまったので「ぜひ観に行って!」とは書けないのですが、ルーベンスが絵画の歴史に与えた影響の大きさをまざまざと見せつけられる企画展でした。イタリアで多くを学び、ベルギーに持ち帰って総合プロデューサーとしての能力を発揮して大成。彼が残した様々なテクニックがその後の作家にたくさんの影響を与えていたんですね。写真のない時代に、彼の画力で紡がれる宗教画は記録と記憶と想像力を補完する大切な資料でもあったのだと思います。そう考えると、劇画タッチなのではなく彼が描いてきたものの中で劇的に見せている要素こそが、クローズアップされかつ大流行(=それまでになかった表現)につながったポイントなのだと。

という感じで、本当はサクサク~っとルーベンスを観て「なんならムンクも間に合うかな~」とか思っていたのに、お腹いっぱいルーベンスを堪能してしまい、気づけば常設に移動するときには閉館30分前。
慌てました。西美に来て常設を観ないなんてもったいないおばけも呆れるレベルですから。
世界遺産にもなっている本館。ル・コルビジェの建築として有名です。そしてここの常設は、NGマークがついていないものであれば、フラッシュと三脚を使わなければ撮影OKなんですよ。凄いですよね。この入り口入ってすぐのシンボリックな空間、たくさんの芸術学部系の学生らしき人たちがカメラ片手に真剣に構図を探していました。

立ち入り禁止なのですが、この階段をのぼってみたくなります。コルビジェに師事した日本の建築家・前川國男が手掛けた熊本県立美術館にもこの階段を彷彿とさせる場所があります。ぜひ探してみてください。

前述の「夢の美術館」で約1年、一緒に旅をした作家のひとり、ラファエル・コラン。「近代洋画の父」と言われる黒田清輝が師事したフランスの作家です。(ちなみに黒田は画家ではなく法律家を志していたんです。なぜ画家になりコランに師事したのか、このエピソードだけでドラマになりそうです)

こちらも夢の美術館で旅をしたジャン・デュビュッフェ。作風が独特なので一目でわかります。というか、わかるようになりました。

最近、私が好きなのはセザンヌ。昔はマグリットとかキリコのようなシュールレアリスムど真ん中が好きだったんですが、セザンヌはモネやルノワールほど印象派に寄りすぎておらず、その後のキュビズムにも影響を与えているその絶妙なバランスが「文系と理系両方できる奴」みたいな感じがしてですね、近年とても気になる人です。

さて、ここまで常設を振り返って、前回担当した「夢の美術館」が絵画の変遷を学ぶのにとてもふさわしい、教科書のような構成であったと改めて感動しました。
福岡市美術館と北九州市立美術館の休館中に両館のコレクションを束ねて6会場巡回した企画展でした。
図録がまだ若干部数あるので、よかったらどうぞ。これを読んで流れをつかんで、両館の常設に行けばどの作品にも逢えますよ。(常設展の構成によっては展示されていないものもあります)
【200冊限定】「夢の美術館─めぐりあう名画たち─」図録
福岡市美は3/21にリニューアルオープンなので、北九州市美からどうぞ。ちなみに現在ルオーが来ています。

ルーベンスが画像がないので、ほぼほぼ常設の解説で駆け足になりましたが、
両方堪能できて大満足でした。

夜のコルビジェとロダンと月。弱冠ボケててセザンヌ的。(ものは言いよう)

あっという間にとっぷりと日が暮れていました。東京は日が落ちるのが早いですね。(今さら)

ルーベンスと常設、両方の図録にハガキにグッズにと、あっという間に諭吉さんが飛んでいきました。間違いなく明朝ホテルから宅急便を手配するはず。(無理はしないことにしています)